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働くのって
おはようございます。前田です。
楽しみにしていたゴールデンウィークもあっという間に終わってしまいましたね。
今日からまたいつも通りバリバリ働いていきますよ。
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突然ですが質問です。
働く理由ってなんでしょうか?
多くの意見としては、生きていくため・お金を稼ぐためという意見が多いのかなと思います。
確かにこれもひとつの理由と言えるでしょう。
しかし働くっていうことはそれだけなのでしょうか?
昔々、私は働いて稼いだお金で自分の生活を豊かにしていくことしか頭になく、とにかく給料だけで仕事を選んでいたときがあります。お金があれば何でも買えるし幸せだと本気で思っていました。
あるとき、とある職場で先輩に尋ねました。
「もっと給料の良いところで働きたくなりませんか?」と。
その先輩はこう答えました。
「得られるものはお金だけじゃないだろ。」と。
当時、言葉ではわかっていたつもりですが、実際のところ本質まではわかっていませんでした。
経験やキャリアを得るため・スキルや資格を得るため・自己実現のため
そのようなことはまったく考えずに、ただひたすら毎日を生きるための生活費と将来への蓄えのためだけに働いていました。
それなりの年齢になり、働くのが当たり前の生活を何年も続けていると、仕事観というか仕事に対して求めるものが自然と変わってきました。
お金を稼ぐためにという考えから、自分自身の成長や生きている時間で何ができるのかなどを考えるようになります。
そう至ったのは何気ない話「宝くじが当たったらどうする」というよくあるタラレバからです。
めちゃくちゃお金があっても働いている人はたくさんいますよね?
その人たちは豪遊していけるだけのお金があるのに、どうして働いているのか不思議に思いませんか?
マズローの5段階欲求というものがあります。
この法則で言うと、そういった人たちは少なくとも既に4段階目までは達していて、1番上の自己実現のために働いている人が多いのでしょう。
さらにこの1番上の更に上があることをマズローは説いています。
それは自己超越。
今の自分に満足せず更に超えるといったものです。
そう考えると私の欲求はまだまだ低い位置にあると感じます。
働くことがお金を稼ぐ手段に過ぎない時、それはただの労働であり、働くことがお金を稼ぐ手段だけではない時、働くことそのものの中に喜びや生き甲斐や自分の人生の目的を込められるとき、それは仕事になる。
という言葉があります。
自分が何をやりたいのかわからなくなったとき、どうして働くのかを考えてみると自ずとやるべきことが見えてくることでしょう。
すぐに答えが見付からなくても、考えることを辞めなければそれはきっと前進です。
現在の欲求は低い位置だとしても、そう考えて生きていくことが大切なのかなと。
現実として言えることは、私が講師として生徒の就職のお手伝いをしていたとき、給料で仕事を選び就職した人は全員長続きはしていません。
むしろ給料よりも自分を知り、やりたいと思えることを仕事にした人は今でも働いています。
仕事は少しでも自分にとっての生きがいややりがい・楽しみがあった方がいいと思いませんか?